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腹式呼吸が正解とは限らない|胸式呼吸との違いと「正しい呼吸」を理学療法士が解説

「呼吸が浅い気がする」「腹式呼吸を意識しているのに、首や肩が楽にならない」。そんな悩みはありませんか。

呼吸について調べると、「胸式呼吸より腹式呼吸がよい」と説明されることがあります。しかし、理学療法士の立場から見ると、腹式か胸式かという二択だけでは呼吸を十分に評価できません。大切なのは、姿勢によってつくられた胸郭の形の中で、上部・下部・前面・側面・背面が協調して動き、必要に応じて呼吸の仕方を変えられることです。

この記事では、胸式呼吸と腹式呼吸の違い、「正しい呼吸」の考え方、呼吸が浅い状態と姿勢の関係を、専門的な内容をできるだけ分かりやすく解説します。



まずは30秒。あなたの呼吸を確認してみましょう

椅子に楽に座り、片方の手を胸、もう片方の手をお腹に当ててください。最初の3呼吸は普段どおりに行い、その後に1回だけ少し大きく呼吸します。

このとき、①胸とお腹のどちらが大きく動くか、②肩が持ち上がらないか、③左右の肋骨が同じように広がるか、④息を吐いたあとに肋骨が自然に下がるかを観察してみてください。これは良し悪しを決める検査ではなく、自分の呼吸の特徴を知るための簡単なセルフチェックです。

安静時の呼吸数を1分間に12〜20回とすると、私たちは1日に約1万7千〜2万9千回も呼吸します。仮に毎回、首や肩、腰の筋肉を必要以上に使っていれば、その小さな負担も一日の中で何度も繰り返されます。呼吸だけが肩こりや腰痛の原因とは言えませんが、筋肉が休みにくい状態を支える要素にはなり得ます。

胸式呼吸と腹式呼吸の違い

胸式呼吸で胸郭が広がる様子と、腹式呼吸で横隔膜が下がり腹部が広がる様子の比較

胸式呼吸とは

胸式呼吸は、肋骨や胸骨の動きが外から見えやすい呼吸です。吸うときに肋間筋などが働き、胸郭が前後・左右・上下へ広がります。運動中や換気量を増やしたい場面では、胸郭の動きが大きくなるのは自然な反応です。



腹式呼吸とは

腹式呼吸は、吸うときに横隔膜が下がり、腹部の動きが目立つ呼吸です。ゆっくり呼吸するときや、過剰な力みを抑えたい場面で用いられます。

ただし、胸式呼吸と腹式呼吸は完全に別々の仕組みではありません。どちらの呼吸でも横隔膜と肋間筋は関わり、胸郭と腹部は連動しています。「胸式」「腹式」という名前は、主にどこに動きが見えやすいかを表す分類と考えるほうが実態に近いでしょう。胸壁が安静呼吸でも三次元的に動くことは、胸壁運動を調べた研究でも示されています。



腹式呼吸の効果と、注意したい「お腹だけ」の呼吸

腹式呼吸には、呼吸の速度を落としやすい、過剰な首・肩の力みを減らすきっかけになる、呼気を長く意識しやすい、といった利点があります。ゆっくりした呼吸が心拍変動などの自律神経指標に影響することも報告されています。

一方で、「お腹を膨らませること」だけを強く意識すると、胸郭の動きがかえって小さくなる場合があります。臨床では、腹式呼吸を頑張っている方ほど、上部胸郭や背中側へ空気が入りにくいケースも見られます。腹式呼吸は有効な方法の一つですが、全員にとって唯一の正解ではありません。

「正しい呼吸」は胸式か腹式かでは決まらない

正しい呼吸とは、決められた場所だけを膨らませる呼吸ではありません。姿勢や運動強度に応じて胸郭と腹部を協調させ、必要な空気を過剰な力みなく取り込める呼吸です。

安静時なら、胸とお腹が大きく反対方向へ動かず、胸郭が前方だけでなく側方や後方にも広がり、左右差が極端ではなく、首や肩を過剰に使わず、吐いたときに肋骨が自然に戻ることが一つの目安になります。運動中には呼吸数や胸郭の動きが増えるため、安静時と同じ呼吸を保つ必要はありません。「場面に合わせて変えられること」が重要です。



最初に確認したいパラドックス呼吸

正常な呼吸と、吸気時に腹部が内側へ引き込まれるパラドックス呼吸の比較

通常、息を吸うと胸郭は広がり、下部肋骨は外側へ動き、腹部も適度に前方へ広がります。ところが、吸うときに胸部または腹部が内側へ引き込まれ、吐くときに外側へ動くことがあります。この反対方向の動きをパラドックス呼吸と呼びます。

軽い胸腹部のタイミングのずれと、明らかな陥没を伴うパラドックス呼吸は分けて考える必要があります。強い息苦しさ、胸痛、喘鳴、急に現れた呼吸の異常がある場合は、呼吸エクササイズで様子を見ず医療機関へ相談してください。



「呼吸が浅い」とはどういう状態?

呼吸が浅いという言葉は、実はいくつかの状態をまとめて表しています。

1.1回に取り込む空気の量が少ない。

2.呼吸数が多く、速い。

3.胸郭の一部分しか動かない。たとえば上胸部だけ、お腹だけ、片側だけに動きが偏る。

4.息を十分に吐けず、肋骨が吸った位置に残っている。

つまり、呼吸回数だけでなく、どこが広がるか、吐いたあとに胸郭が戻るかまで見る必要があります。



呼吸が浅いと自律神経は乱れる?

「浅い呼吸が自律神経を乱す」と一方向に説明されることがありますが、実際には呼吸とストレスは互いに影響します。緊張や不安が強いと呼吸は速くなりやすく、反対に呼吸の速度や深さ、吸う時間と吐く時間を調整することで心拍や自覚的な緊張が変化することもあります。

重要なのは、腹式呼吸という名前そのものではなく、無理なくゆっくり呼吸できること、息を吐き切ろうとして力まないこと、胸郭と腹部が協調していることです。



姿勢が整わなければ、呼吸だけを変えるのは難しい

胸郭は、いま置かれている形の中で広がります。そのため、姿勢によって広がりやすい場所と広がりにくい場所が生まれます。


背中が丸い姿勢

胸椎の屈曲が強く、胸郭前面がつぶれた姿勢では、前胸部に広がる余地が少なくなります。大きく吸おうとして首を反らしたり、肩を上げたりする代償が起こることがあります。


胸を張り続けた姿勢

「胸が張れているから、しっかり息を吸えている」と考える方も少なくありません。しかし、胸郭は前方だけでなく、側方や後方にも拡張する必要があります。反りが強く、胸郭が常に持ち上がった姿勢では、背中側の拡張と、吐くときに肋骨が下がる動きが制限されることがあります。

胸郭前面ばかりが広がり、背中側へ呼吸が入らない場合、呼吸のたびに腰を反らしたり、脊柱起立筋を緊張させたりして吸気を補っていることがあります。この状態が続けば腰部の筋肉が休みにくくなり、腰の張りや急性腰痛を繰り返す背景の一つになる可能性があると、私は臨床上感じています。ただし、呼吸がぎっくり腰を直接引き起こすと断定できるものではありません。


左右に偏った姿勢

前額面で胸郭が右へ突き出すように偏ると左胸郭が、左へ偏ると右胸郭が広がりにくくなり、それぞれ体幹の右回旋・左回旋と関連して見える場合があります。これは臨床で姿勢と呼吸を整理する一つの見方です。人体にはもともと左右差があるため、左右を完全に同じにすることが目的ではありません。偏りが強く、呼吸や動作の選択肢を減らしていないかを確認します。

PRI(Postural Restoration Institute)の考え方も、胸郭・骨盤の位置や左右差から呼吸を捉える臨床的な枠組みとして参考になります。ただし、すべての人に当てはまる確立した法則としてではなく、評価を整理する一つの仮説として用いることが大切です。



呼吸法を変える前に、「呼吸できる姿勢」をつくる

腹式呼吸を何度練習しても変化が乏しい場合、努力不足ではなく、呼吸を始める姿勢や胸郭の形に問題があるかもしれません。理学療法士は、頭頸部の位置、胸椎の曲げ伸ばし、肋骨の高さと左右差、胸郭と骨盤の関係、安静時の呼吸数、部位ごとの拡張、吐いたときの肋骨の戻り、動作中の呼吸を確認します。

「どの呼吸法が正しいか」を押しつけるのではなく、どの姿勢がどの部分の動きを制限しているかを見つけ、必要に応じて姿勢・胸郭の可動性・運動を組み合わせることが理学療法士の役割です。



まとめ

胸式呼吸と腹式呼吸は、どちらか一方が正しく、もう一方が悪いわけではありません。大切なのは、胸郭と腹部が協調し、前・横・後ろへ広がり、吐いたときに戻り、姿勢や運動に合わせて呼吸を変えられることです。

呼吸が浅いと感じるときは、深く吸う練習を始める前に、パラドックス呼吸がないか、息を吐いたあとに肋骨が戻るか、背中側や左右の胸郭が動いているかを確認してみてください。

腹式呼吸を練習しても首や肩の力みが変わらない場合、呼吸を始める姿勢や胸郭の形に原因があるかもしれません。Medical Physio Labでは、理学療法士が姿勢や胸郭の動き、呼吸時の左右差を確認し、その方に必要な整体や運動をご提案しています。



よくある質問

胸式呼吸と腹式呼吸はどちらが良いですか?

目的と場面によります。安静時には胸郭と腹部が協調し、運動時には必要に応じて胸郭の動きと呼吸数を増やせることが重要です。腹式呼吸だけに固定する必要はありません。


呼吸が浅いかどうかは、どう判断しますか?

呼吸数や1回の量だけでなく、胸郭の一部分しか動いていないか、左右差が強くないか、吐いたときに肋骨が戻るかを確認します。


パラドックス呼吸とは何ですか?

吸うときに胸部や腹部が内側へ引き込まれ、吐くときに外側へ動くような、通常とは反対方向の動きです。明らかな陥没や強い息苦しさがある場合は医療機関へ相談してください。


姿勢を直せば呼吸は改善しますか?

姿勢は胸郭が広がる方向に影響するため、改善の一要素になります。ただし呼吸器・循環器の状態、痛み、体力、ストレスなども関係するため、姿勢だけですべてが決まるわけではありません。


腹式呼吸で自律神経は整いますか?

ゆっくりした呼吸が心拍変動などに影響することは報告されていますが、「腹式」という形式だけで決まるわけではありません。速度、深さ、吸う時間と吐く時間、力みの有無を含め


て考えます。

参考文献

De Groote A, et al. Motion of the rib cage and the abdomen in breathing. Eur Respir J. 1997. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9375316/

Vieira DSR, et al. Breathing exercises influence breathing patterns and thoracoabdominal motion in healthy subjects. Braz J Phys Ther. 2014. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4311599/

Laborde S, et al. Effects of voluntary slow breathing on heart rate and heart rate variability. Neurosci Biobehav Rev. 2022. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35623448/

Hodges PW, et al. Contraction of the human diaphragm during rapid postural adjustments. J Physiol. 2001. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2278995/

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※本記事は一般的な健康情報を提供するもので、個別の診断や治療に代わるものではありません。

 
 
 

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